なぜこの判決が重要なのか
令和8年6月5日、最高裁判所は不貞慰謝料に関する注目すべき判決を下しました。この判決のポイントは、不貞行為の相手方(いわゆる不倫相手)が「夫婦関係はすでに壊れていた」と信じていた場合に、慰謝料の支払義務をどう判断すべきかという点について、新たな基準を打ち出したことにあります。
これまでの実務では、「離婚していると信じていた」という反論はよく見られたものの、「離婚はしていないが、夫婦関係は事実上破綻していると思っていた」という主張がどこまで認められるかは必ずしも明確ではありませんでした。今回の最高裁判決は、まさにこの点について裁判所が踏み込んだ判断を示した画期的なものです。
不貞慰謝料の請求を検討されている方にとっても、逆に請求を受けて防御する側にとっても、今後の見通しに直結する判決といえます。
従来の判例はどうなっていたか
不貞慰謝料をめぐる最高裁判例の流れを押さえておくと、今回の判決の位置づけがよりはっきりします。
- 最判平成8年3月26日(破綻の抗弁):婚姻関係がすでに破綻していた場合には、不貞行為があっても、配偶者が受ける精神的苦痛は法的保護に値しないとして、慰謝料請求が認められない場合があることを認めた判例です。これにより、「婚姻関係の破綻」は不貞慰謝料に対する有力な防御手段として定着しました。
- 最判平成31年2月19日(離婚慰謝料の制限):不貞行為そのものに対する慰謝料(不貞慰謝料)と、不貞が原因で離婚に至ったことに対する慰謝料(離婚慰謝料)を区別し、不倫相手に対して離婚慰謝料まで請求できる場面を限定した判例です。
つまり、これまでの判例の枠組みでは、「婚姻関係が客観的に破綻していたかどうか」が主な争点でした。不倫相手が主観的にどう認識していたかは、それほど正面から問題にされてこなかったのです。
令和8年判決が加えた新たな視点
今回の最高裁判決は、従来の枠組みに重要な視点を付け加えました。
具体的には、裁判所が不貞慰謝料の成否を判断するにあたって、不貞行為の相手方が「夫婦はすでに離婚した」と信じていたかどうかだけでなく、「婚姻関係は破綻していた」と信じ、かつそう信じたことに相当な理由があったかどうかも、検討しなければならないと判示したのです。
これは一見すると些細な違いに思えるかもしれませんが、実務上は大きな意味を持ちます。なぜなら、「離婚した」と信じる場面よりも、「関係は壊れている」と信じる場面のほうが、現実にははるかに多いからです。別居中の相手と交際を始めた場合や、相手から「夫婦関係はもう終わっている」と聞かされていた場合など、日常的に起こりうる状況が広くカバーされることになります。
なお、今回の事案は差戻し(やり直しの審理を命じること)となっており、具体的な結論は今後の下級審に委ねられています。しかし、最高裁が判断基準を明示したことの意義は非常に大きいといえます。
不貞慰謝料と離婚慰謝料の違いを改めて整理する
この機会に、混同されがちな「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」の違いを整理しておきます。
- 不貞慰謝料:不貞行為そのものによって受けた精神的苦痛に対する賠償です。不貞行為の当事者(配偶者や不倫相手)に対して請求します。今回の判決で問題となったのはこちらです。
- 離婚慰謝料:不貞行為などが原因で婚姻関係が破壊され、離婚せざるを得なくなったことに対する賠償です。平成31年判決により、不倫相手に対する離婚慰謝料の請求は、特段の事情がない限り認められないと判断されています。
今回の令和8年判決は不貞慰謝料に関するものですが、破綻の抗弁が認められやすくなることで、請求そのものが認められない場面が増える可能性もあります。
あなたのケースではどうなるか——請求する側の視点
慰謝料を請求する側にとっては、今回の判決を踏まえて、以下のような点に注意が必要です。
- 相手方から「婚姻関係は破綻していると思っていた」という反論が出る可能性を、あらかじめ想定しておく
- 不貞行為の時点で婚姻関係が継続していたこと(同居していた、家計が共通だった、夫婦としての交流があったなど)を裏付ける証拠を整理しておく
- 相手方が「破綻していると信じた」ことに合理的な根拠がなかったことを示す事情(たとえば、配偶者が相手方に対して婚姻関係が良好であると伝えていた事実など)があれば積極的に主張する
従来であれば、不貞行為の事実さえ立証できれば比較的シンプルに認められていた慰謝料請求も、今後はより丁寧な主張・立証が求められる場面が増えるかもしれません。
あなたのケースではどうなるか——請求を受ける側の視点
一方、慰謝料を請求された側にとっては、今回の判決は防御の幅が広がったことを意味します。
- 「離婚していると聞いていた」だけでなく、「婚姻関係は破綻していると認識していた」という主張も、正面から裁判所に検討してもらえる
- ただし、単に「そう思っていた」というだけでは足りず、そう信じたことに「相当な理由」があったことを示す必要がある
- たとえば、交際相手から聞かされていた事情、別居の事実、交際を始めた経緯など、客観的な裏付けとなる事情を具体的に主張・立証することが重要になる
もっとも、この防御が認められるためのハードルは決して低くありません。相手の言葉を鵜呑みにしていただけでは「相当な理由」とは認められにくいため、どのような事情があれば認められるかは、個別のケースに応じた慎重な検討が必要です。
今後の実務に与える影響
今回の最高裁判決により、不貞慰謝料をめぐる裁判では、以下のような変化が予想されます。
- 被告(不倫相手)側から「破綻の認識」を理由とする反論が増える
- 裁判所は、不貞行為の有無だけでなく、相手方の認識とその合理性についても審理を行う必要がある
- 請求側・防御側の双方にとって、交際開始時の婚姻関係の状況に関する証拠がこれまで以上に重要になる
差戻し後の下級審がどのような判断を下すかも注目されます。具体的にどの程度の事情があれば「相当な理由」が認められるのか、今後の裁判例の蓄積によって基準がより明確になっていくものと思われます。
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