- 練馬のアニメ集積は、東映動画と虫プロという二つの源流からほぼ偶然に始まった
- 偶然の火種は「集積の経済」によって自己強化的に育った
- 政策や法制度の役割は、点いた火を守り、燃えやすい土壌を整えること
大泉学園駅に降り立つと
西武池袋線の大泉学園駅には、鉄腕アトムや銀河鉄道999のキャラクター像やモニュメントがあり、駅の発車メロディにもアニメゆかりの曲が使われています。練馬区は「ジャパンアニメーション発祥の地」を掲げ、区内には今も多くのアニメ関連スタジオが集まっています。
日本初の本格的なカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(1958年)を作った東映動画(現在の東映アニメーション)のスタジオは大泉にあり、手塚治虫の虫プロダクションも区内の富士見台に生まれ、テレビアニメ「鉄腕アトム」(1963年)を送り出しました。日本アニメの二大源流が、どちらも練馬から始まったのです。
では、質問です。練馬は「アニメの街になろう」と計画してそうなったのでしょうか。
結論:始まりは、ほぼ偶然です。しかし偶然は雪だるま式に増幅されます
東映が大泉にスタジオを置いたのは、もともとそこに映画の撮影所があった、広い土地が確保できた、といった映画産業側の事情によるものでした。「アニメ産業を練馬に集積させよう」という誰かのグランドデザインがあったわけではありません。
ところが、いったん大きなスタジオができると、面白いことが起きます。
- スタジオの周りに、アニメーターや演出家が住み始める
- 独立した人たちが、通い慣れた沿線に自分のスタジオを構える
- 下請け・関連会社も、仕事のやり取りがしやすい近くに集まる
- 「あの街に行けば人材と仕事がある」という評判が、さらに人を呼ぶ
経済学ではこれを「集積の経済」と呼びます。企業や人が一箇所に集まること自体が、お互いの生産性を高め、さらなる集積を呼び込む。最初のきっかけは偶然でも、いったん転がり始めた雪だるまは、自己強化的に大きくなっていくのです。シリコンバレーがITの、ハリウッドが映画の中心地になったのも、基本的には同じメカニズムだと言われています。
練馬のアニメ集積は、「偶然の初期条件 × 集積の自己強化」という産業集積の教科書のような事例なのです。
では、政策には意味がないのか
「始まりが偶然なら、行政や法制度の出る幕はないのでは?」と思われるかもしれません。私は、そうは考えていません。役割が違うだけだと思います。
集積の火種を政策でゼロから起こすことは、極めて難しい。世界中で「第二のシリコンバレー」計画が試みられ、多くがうまくいっていないのは、その難しさの証拠です。
一方で、すでに点いている火を消さないこと、燃えやすい環境を整えることは、政策にできます。練馬区が行っているアニメ産業の振興(イベントの開催、産業としての発信、教育や観光との接続)は、まさにこの「火を守り、育てる」型の関わり方に見えます。
法制度の側にも、支えるべき土台があります。アニメ産業の生命線は著作権をはじめとする知的財産のルールですし、近年は、アニメーターの労働環境や、制作会社間の取引の公正さといった論点も注目されています。クリエイターが正当な対価を得て働き続けられる法的環境は、集積を長持ちさせるインフラそのものです。
スタートアップの街づくりにも通じる話
私はビジネススクールでベンチャーや起業について学びましたが、スタートアップ支援の世界でも、まったく同じ議論があります。
「エコシステムは設計できるのか、それとも自生するものなのか」。答えはおそらくその中間で、生態系そのものは設計できないが、生態系が育ちやすい土壌(人が出会う場、挑戦への寛容さ、公正なルール、失敗しても再起できる制度)は用意できるというのが現在の相場観だと思います。
練馬のアニメの70年は、この「偶然と制度の共同作業」の身近で豊かなケーススタディです。
まとめ
- 練馬のアニメ集積は、東映動画と虫プロという二つの源流から、ほぼ偶然に始まりました
- 偶然の火種は「集積の経済」によって自己強化的に育ちました
- 政策や法制度の役割は、火種をゼロから作ることではなく、点いた火を守り、燃えやすい土壌を整えることにあります
アニメ業界・クリエイターの法律問題はアニメ・クリエイター法務のページで。練馬の地域コラムは「いちばん若い区」の記事、光が丘の土地の記憶もどうぞ。